バースデイで特集の元幕内大岩戸(おおいわと)。幕下最年長優勝記録

2019年2月16日(土)の17:00~放送されるBirthDay(バースデイ)では、大相撲力士となるも苦労して何とか幕内まで辿り着いた力士の現役時代から、引退後までを特集しています。

別の記事で、剣武についても紹介していますが、今回はもう一人特集されている大岩戸に関して紹介していきたいと思います。

剣武の記事はこちら↓

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大岩戸も剣武に劣らず、幕内まで上がるのにかなり苦労した力士のようですね。どうしても途中で心が折れてしまう人が多いと思いますが、角界の最高峰の階級である幕内までたどり着いたのは素晴らしいです。

大岩戸はどのような力士だったのでしょうか?

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大岩戸の経歴

大岩戸義之は四股名で、本名は上林義之(かんばやしよしゆき)と呼びます。山形県東田川郡藤島町、現在の鶴岡氏の出身で2019年2月時点では37歳です。

鶴岡市といえば、だだちゃ豆の生産量が多いことで有名で、大相撲関係者だと大47代横綱の柏戸や、出羽海部屋の創設者である出羽海運右エ門の出身地でもあります。

芸能関係でいえば、電撃ネットワークの南部虎弾(なんぶとらた)やキャイーンのウド鈴木も鶴岡市の出身として知られていますね。面積が広いので、有名人も多く輩出しています。

大岩戸は鶴岡市立朝暘第三小学校で相撲をはじめ、鶴岡第一中学校では柔道部に所属しながら地元の相撲道場に通って腕を磨きました。やはり相撲部がある部活は少ないので、柔道部で活躍する力士が多いですね。

加茂水産高校では相撲部に所属し、高校時代はそれほど目立った活躍を収めるこちはできませんでしたが、大相撲の名門大学として有名な近畿大学では全国学生相撲選手権大会に優勝して、学生横綱になりました。同時に団体戦も優勝しています。

現在相撲協会の会長である八角理事長、八角親方を紹介してもらったことで、角界への道が開き、八角部屋に入門しました。

ここまで見ると、学生相撲の全国チャンピオンになっていますし、多くの力士が前相撲→序ノ口と入っていく中で、実績も残していますので幕下付け出しでの入幕が出来る結果を残していますので、そんなに苦労をするような成績には思えませんよね。

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大岩戸の成績・結果

大岩戸が角界で苦労したというのは、どういう事なのでしょうか?生涯成績なども含めて、角界での大岩戸の経歴を振り返ってみたいと思います。

大岩戸の生涯船籍は383勝393敗4休で負け越してはいるものの、休場が少なくタフな力士だったことが分かります。

幕内の在位は1場所、あとは幕下15枚目付け出しで入っていることもあり、十両と幕下を行き来するような力士人生でした。ただ、やはり幕下に落ちてもそのままずるずると下がらずに十両に復帰しているというのは力がある証拠ですね。

初土俵から引退までは丸14年間、84場所の在位でした。大学卒業して入った力士にしては、かなり長く現役生活を続けた力士です。やはりこの年までやって休場4日というのはすごいですね。

大岩戸はいくつかの記録も残しています。

まず新十両に昇格してから、新入幕するまでに所要した場所数は46場所と史上2位タイのスロー記録です。また、幕下での全勝優勝を1度だけしていますが、それは36歳0ヶ月で戦後最年長だった十文字を抜いて最年長になりました。

現役引退後は?

現役引退後の大岩戸はどのような人生を送っているのでしょうか?力士の引退後といえば、最近引退した稀勢の里のように親方になる人もいますよね。

また、それほど実績を残すことが出来ずに年寄になる資格を得られなかった力士の場合には、ちゃんこ屋さんなどの飲食店を経営する力士も多いです。

大岩戸の場合は少し異色で、横須賀市で会社員として働くことを発表しています。力士の経歴としては意外ですよね。八角親方としては指導者になってみてほしかったとのことですが、残念ですね。

私も会社員として働いていますので、相撲とは違う種類の厳しさがあると思いますが、ぜひ乗り越えて頑張ってほしいですね!大岩戸の仕事に関しては、別の記事で整理していきたいと思います。

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