行司の衣装や持ち物は階級別に違う?軍配(うちわ)や短刀の由来は?

大相撲をBSなどで下の階級から見ていると、力士の取り組み以外にも気になってくる所がありました。それは、取り組みを取り仕切る行司に関してです。

階級が下の方の取り組みではシンプルな服装の若い行司が取り仕切っていて、だんだんと階級が上がるにつれて行司の衣装も豪華になっていき、年齢も上がっていきます。

また、行司の衣装には一見その仕事とは全く関係なさそうなうちわや短刀をつけている人もいます。これは何のために着けているのか気になりますよね。

今回は、行司の階級別の衣装や、身に着けているものの由来などを確認していきます。

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行司の階級別の衣装は?

行司が階級別で分かれていることは、別の記事で紹介していますのでもしよろしければそちらをご覧ください。この記事では階級別の衣装について紹介していきます。

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行司の衣装も大相撲の他の部分に漏れずに格によって大きく異なります。行司の衣装としては、直垂(ひたたれ)という衣服に加えて、烏帽子と軍配(うちわのようなもの)を身に着けます。

また、履物は十両格行司以上はつけますが、幕下以下の力士はつけずに裸足です。

階級ごとの衣装を整理していこうと思います。

まず最上位の立行司(木村庄之助)と(式守伊之助)は草履と白足袋、装束は夏は麻地に冬は絹地で、左腰に短刀、右腰に印籠を付けます。軍配が木村は総紫に対して、式守は紫と白の違いがあります。

次に三役格行司は朱色の軍配に履物や装束は立行司と同じで短刀はつけずに印籠を付けます。装束の柄自体は全体を通して特に決まりがないようですね。

幕内行司は紅白の軍配に履物は白足袋の身で草履は履きません。また短刀も印籠もつけません。十両は衣装は同じですが、軍配が青と白になります。

幕下以下の行司は同じ衣装で、黒か青の軍配に履物はなく素足で衣装も年中木綿地です。

このように、ある程度衣装を見ただけでどの格の行司なのかがわかります。それにしても幕下格以下は裸足に木綿地の衣装は寒くてちょっとかわいそうですよね。

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軍配の由来は?

行司が軍配や短刀を持っていることに関しては、どのような由来があるのでしょうか?

まずは軍配ですが、正式には軍配団扇(ぐんばいうちわ)と言います。歴史ものだと戦国武将などが持っているイメージが強いですよね。

実は軍配は、戦に際しての方角・日時決めや天文を読んで軍陣を配置する方法のことでした。諸葛孔明などの軍師を想像するとわかりやすいかなと思います。

その為、本来の軍配団扇には法学や十二支、陰陽に天文などが記されたものを主に使うようになり、合戦の指揮官である大将が持つようになります。

現在、相撲でこの軍配が使われているのは戦の中で武士たちが相撲を取る時に、行司役の武将が勝負を裁定する道具として使い始めたのが由来といわれています。

現在の軍配の使い方は、本来の使い方とは少し違っているんですね。ぜひ本来の使い方も忘れずに伝えていくような試みがあるといいなと思います。

立行司の短刀の由来は?

軍配に加えてもう一つ。立行司のみが持つ短刀に関しても紹介していきます。何やら物騒ですよね。

まず初めに、立行司が取り仕切るのは大関や横綱の取り組みのみです。横綱や大関の取り組みは、命がけで行われているといわれています。

そんな命がけな勝負を取り仕切る行司である立行司も命をかけて軍配を上げる!という覚悟を示すために短刀を脇に差しています。

具体的には、軍配を差し違えた(誤審した)時に、命がけの力士の勝負に対する責任を取って切腹するという覚悟を示したもので、江戸時代から使われているようです。

実際に誤審があったとしても自害した行司の記録は今までにないようですが、辞職してしまった立行司はいたようですね。

行司の差し違えはかなり大変で、場所中に3回差し違えると降格処分になりますし、ほかにも幕下・十両格以下は年間9回、幕内以上は年間6回以上差し違えると降格処分になってしまいます。まさに名誉も生活も懸かっています。

このように、行司の衣装や持ち物は階級別に異なっていますので、本場所の取り組みを見る際には、行司の服装にも注目すると面白いかもしれませんね。

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