大相撲の大関昇進の目安は?相撲協会は存在を否定も時代によって変化

大相撲には上位の方から横綱、大関、関脇、小結、平幕と幕内だけでもこれだけの格付けがあります。

昇進や降格に関しては、関脇以下は流動的で毎日変わりますが、大関と横綱は簡単には変わらないようになっています。特に角界を代表する横綱は続けるか辞めるかしかない厳しい格付けになります。

今回の記事では大関の昇進や降格の条件について確認をしていきたいと思います。大関に昇進すると関脇や小結と同じ三役といっても様々な特権が加わるので出来るだけ早く昇進したいですよね。

どうすれば大関になれるのでしょうか?

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昇進の目安は時代によって変遷

大関の昇進の条件の存在は、相撲協会によって否定されていますが多くの大関の昇進の条件を見ると、何となく傾向が分かってきます。

実はこの傾向も時代によって移り変わってきています。昔からずっと変わらないまま慣習が引き継がれていくというよりも、時代に沿って変えていっているのは良い傾向かもしれません。

~昭和50年代半ば

年6場所制になってから、昭和の時代の多くの期間は「3場所連続で三役(関脇・小結)の地位で、その通算の勝ち星の合計が30勝以上」という条件でした。

しかし、相撲協会が言うように厳密な決まりはないようで、この期間の最小通算勝ち星は28勝で2名が大関に昇進しています。この時期はちょうど大関が1名しかいなかったという事情もありそうです。

一方で、通算32勝や33勝をあげても昇進が決まらなかったケースもあります。3場所目の成績が少し振るわなかったり、大関の資質が問われている時期で昇進が見送られています。

確かに相撲協会の言う通り勝ち星だけで判断はしていないようですね。外的な要因が絡むのは力士本人にはかわいそうですが、その中でも認められる実績が必要という事ですね。

~平成初期

この時期は、目安も非常に流動的になっていますが、昭和時代のように外的要因によって大きく昇進の条件が変わるということはありませんでした。

昭和時代と平成中期以降をつなげる時期になります。

「3場所連続で三役在位」という条件に関して、前頭→小結から関脇を飛び越しての大関昇進に関する検討が明言されたのもこの時期でした。そして、だんだんと勝ち星に対する要求も厳しくなっています。

当時は4横綱4大関や5大関という時代もあった為、だんだんと厳しくなってきたのかなと思います。

平成中期~

平成中期~現在までに関しては、基本的には「3場所連続で三役で、通算の勝利数が33勝以上」というのが目安とされています。

ただし、場合によっては柔軟な対応がとられておりしっかり相撲内容なども含めて判断されていることが分かります。

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大関昇進前3場所成績

ここで、平成に入ってから大関昇進を果たした力士の昇進直前3場所の勝ち星数を確認していきたいと思います。

平成に入ってから現在までには25人の力士が大関昇進を果たしています。

まずは1番勝ち星が少ないのが32勝で3人で、33勝が6人、34勝が6人、35勝が7人、36勝が1人、一番勝ち星が多いのは37勝で2人でした。

こうしてみると、大体33勝以上していれば大関昇進が濃厚という事が分かってきますね。ただし、出来れば勝ち星は少しでも積み上げていた方がよさそうです。

一方で直前3場所を三役という点ですが、その条件に当てはまらないのが照ノ富士と栃ノ心で前頭-関脇-関脇で照ノ富士は33勝、栃ノ心は37勝をあげています。

32勝で昇進したり3場所連続三役でなくても昇進しているのでやはり明確に基準として定めているわけではなく、柔軟になっているようですね。

降格と再昇格の条件は?

大関に昇進した後の降格の条件ですが、2場所連続での負け越しで降格となります。1場所負け越した後で、この場所で負け越しをすると大関から陥落する場所のことをカド番と呼んでいます。

最近では、琴奨菊が大関から陥落しています。

一方で大関から陥落した後に再昇格する条件も明確に定めていて、陥落した直後の場所で10勝以上をあげた場合には特例として大関に復帰することが出来ます。

もし10勝以上をあげることが出来なかった場合、それ以降は特例は認定されません。通常と同様に3場所三役で通算33勝以上が目安となります。

今後もしばらくは昇格、降格の条件は変わることがなさそうですね。これを目安に把握していると、大相撲を楽しむ視点が一つ増えると思います。

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